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1. N-混乱ポルフィリン(NCP)


ポルフィリン骨格を変形させた所謂ポルフィリン類縁体は、金属錯体配位子として、 また、π電子系大環状分子として非常に興味が持たれる化合物である。 我々は1994年にポルフィリンの基本骨格を維持した異性体、N-混乱ポルフィリン (N-confused porphyrin, NCP)を世界に先駆け報告し、新しいポルフィリン化学の 端緒を開いた。

N-混乱ポルフィリン(NCP)と従来のポルフィリンとの構造上の相違点はピロール環が confuse(メゾ位に対してalpha位とbeta位で結合)していることである。その結果、 環内部に炭素原子、環外周部に窒素原子を配置することになり、環内部金属錯体では炭素― 金属結合が形成され、有機金属的性質を発現する。一方、外周部窒素原子を金属配位もしくは 水素結合部位とする超分子構造体の構築も可能となっている。

総説:

1-1. 構造と基本物性

NCP骨格を有する誘導体がすでにいくつか合成されている (Org. Lett. 2003, Eur. J. Org. Chem. 2005)。NCPは通常のポルフィリンと同様に 4個のピロール環から構成されるが、混乱ピロール環がポルフィリン平均面に対して約30度傾いた 構造をしていることが、X線結晶構造解析により明らかになっている。これが、高い平面性・ 対称性を有する通常のポルフィリンとは大きく異なる構造上の特徴である(JACS 1994)。

ポルフィリンとの構造的差異を反映し、その互変異性にも大きな違いが観測された。 NCPは環内部・環外周部窒素原子間でのプロトン移動に伴うNH互変異性体が存在し、 それぞれの異性体において紫外可視吸収スペクトルの変化(すなわち色の違い)や芳香族性の強 弱(NMRにおける)が観測される。すなわち、内部に3個の水素原子を有するタイプ(NCP-3H) と2個の水素原子を有するタイプ(NCP-2H)に区別され、非極性溶媒中においてはNCP-3H に、極性溶媒中ではNCP-2Hへの平衡の偏りが見られる。それぞれの互変異性体の構造はX線 結晶構造解析により明らかとなっている (JACS 2001)。環外周部alpha位に適当な置換基を 導入することにより、この互変異性の制御が可能になると期待される。

環内部の水素原子の数に対応して、NCPは-3価、-2価の金属配位子として機能すること ができる。実際に、3価の金属錯体としてAg(III)、Sb(V)錯体等が、2価の金属錯体としてPd(II)、 Pt(II)錯体等が合成され、その構造が明らかとなっている。さらに、環外周部窒素を配位点として 用いた例として、Rh(I)2核錯体、また、オルトメタラサイクルを利用したPd(II)2核二量体が 合成されている。外部配位された金属イオンを触媒点として機能させることができるかどうか 興味がもたれる。NCP金属錯体の詳細については”1-3.金属錯体”を参照。


1-2. 反応性

NCP環は通常のポルフィリンと比較して反応性に富み、 特に、混乱ピロールの反応性は非常に高い。 たとえば、混乱ピロールのbeta位(環内部CH部分)は求電子試薬と容易に反応し、 たとえば、ニトロ体やブロモ体を与える(Chem. Lett. 1997, JACS 1999, JACS 2000)。また、混乱ピロールのalpha位(環外周部CH部分)は、 SnCl2を作用させることでオキソ化され、NCPアミド体を与える (Angew. Chem. Int. Ed. 2006)。さらに、NCPにCu(II)を作用させることにより、 混乱ピロール部位が欠落したトリピロール化合物(トリピリノン)が生成することが明らかに なっている(Org. Lett. 2002)。


1-3. 金属錯体

1-3-1. 環内部配位を用いた単核錯体

NCPは混乱ピロール部位が導入されたことにより、通常のポルフィリンとは異なる 環内部配位形式が可能である。つまり、原理的に、3価、及び2価の両方の酸化状態の金属イオンを 電気的中性な金属錯体として安定化することが考えられる。実際に、NCP-Ag(III)錯体(Inorg. Chem. 1999) やNCP-Sb(V)錯体(J. Organomet. Chem. 2000)等は、金属―炭素結合を伴う環内部配位を実現 し、NCPが3価の配位子として働いている金属錯体である。また、NCPが2価の配位子として機能する ことで、NCP-Pd(II)錯体(Inorg. Chem. 2000)やNCP-Pt(II)錯体 (Angew. Chem. Int. Ed. 2003)等を合成することができる。これらの環内部配位を用いた 金属錯体は、アニオン捕捉素子や触媒としての応用展開が なされている。

さらに、ペンタフルオロフェニル基で安定化したNCP銅錯体の場合、脱水素酸化・水素付加還元 によるCu(II)/Cu(III)の相互変換が可能である(JACS 2003)。

1-3-2. 環外周部配位を用いた複核錯体

環外周部窒素原子を配位点とすることも可能である。たとえば、NCPと[Rh(I)(CO)2Cl]2 からは、環内部・外周部配位によるRh(I)2核錯体が(Chem. Commun. 2001)、また、NCPと Ir(I)(CO)2Cl(toluidine)からは、混乱ピロールが反転した、環内部・環外周部窒素を 配位点とするIr(I)2核錯体(Inorg. Chem. 2006)が生成する。また、Pd(II)やPt(II)を用いた 場合には、環外周部配位に加えてメゾ位のアリール基のオルトメタラサイクル形成が進行し、 (NCP-M(II))2の二量体構造を与える(Inorg. Chem. 2000, Angew. Chem. Int. Ed. 2003)。一方、アキシアル配位が可能なZn(II)を用いると、 環外周部窒素を他方の環内部Zn(II)中心に配位させることで、Zn(II)4核錯体もしくはZn(II)2核錯体 が得られる(JACS 2002, Inorg. Chem. 2004)。


1-4. 環外部π-拡張N-混乱ポルフィリン

NCP 2H型は不完全な18π共役系を有するため、 混乱ピロール環の環外α位よりπ-共役系を拡張することが可能となる。 α位にフェニルアセチレン、NCP-アセチレンを結合させることで、効果的にπ系の拡張に成功している。 また、フェニレン架橋NCP-ポルフィリンダイマー二量体はハロゲンアニオンの捕捉により 蛍光増強することが明らかとなっている。


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